かまねこ古道

廃道 廃線 記録すべきもの

定義森林鉄道の大橋梁

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【廃橋・廃線】 定義森林鉄道の大橋梁

 

 

大橋梁の現状を確認してきました。

ちなみに私は数年前、桁だけの状態になっていましたが、まだ辛うじて

橋が架かっていた時代に訪問したことがあります。

 

 

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 十里平から林鉄跡に続く道を進みます。奥に見える看板の前を90度左に進むと軌道跡入口が現れます。このように直角にターンする道ですので、この道自体は軌道跡ではないでしょう。

 

 

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 入口前の広場。一帯は泥濘地帯と化しています。おそらく先ほどの道を伝って流れた水が溜まってしまうのでしょう。

 

 

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 入口が見えてきました。

 

 

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 いったん後ろを振り返ります。理屈ではこの先にも定義如来に至る軌道跡があるはずなのですが・・・

 そういった痕跡は見当たりません。なにか別の目的に転用されて跡形もなくなってしまったのでしょうか。

 

 

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 ところどころ崩落個所が見られますが、これは前回探索時点と変わらず。

 

 

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  入り口から150メートルほど進むと、大きな崩落地点が現れます。

 ここが橋梁に至る唯一かつ最大の難所です。山側から斜度30~40度、長さ10メートル弱にわたって崩壊しています。谷側は落差20メートル前後、ほぼ垂直の崖となっています。

 こういった箇所でも、崩落から時間がたつと斜面がある程度固まって歩きやすくなっていることもありますが、この地点はそのような状態ではなく、地盤が緩く、浮石が多数みられる状況です。

 またこういった箇所でも植生があると、それをロープ代わりに進むこともできますが(生きた笹であれば最高)、そのような植物もほぼありません。

 元の路盤はほぼすべて土砂に覆われてしまっていますが、崖際の約20センチ程度に辛うじて水平な場所が残っています。

 ここをどうやって抜けるか...

  一つの考え方として、崖際から可能な限り離れるという意味でなるべく山側を通るルートが考えられます(ルート2)。しかしこのルートは罠である可能性もありえます。

 なぜならこのような安定しない斜面の場合、いったん滑り出してしまうと止められない可能性もあるからです。

 やはり無難なのは崖際に辛うじて残る水平路盤に片足を置き、半身を斜面側に押し付けるようにして進む方法ではないか...(ルート1)そう考えて慎重に進みましたが、もともと高いところが苦手なこともありかなり怖い...しかも水平路盤にも浮石が多数転がっていて慎重さを要求されます。

 10メートル弱に数分を要してようやく抜けることができました。

 この箇所が存在するため、魅力的な遺構であるにもかかわらず大橋梁の訪問は万人にはお勧めできないように感じます。特に(そんな人はいないと思いますが)家族連れ、カップル連れなどで行くのは絶対にやめたほうが良いです。転落まで行かなくても、恐怖を感じると固まってしまうような人だと途中で全く身動きが取れなくなる可能性があります。(恥ずかしながら私も帰路ルート取りを誤ってしばらく身動きが取れなくなりました...)

 

 難所を抜けるとあとは比較的気楽に進むことができます。いくつか崩落個所がありますが、いずれも水平路盤が多く残っていたり、山側に巻くことができるようなところばかりです。

 

 

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それにしても、この路盤は純粋な軌道跡とは異なり結構な幅を有していると感じます。まさに林道といった感じです。

 

 

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セメント舗装のような跡。セメントが乾く前に車両が走ったのか、タイヤ痕のようなものも残っています。(前後区間は崩落しているため近年のものではない)。軌道跡が改良され車道化されていたのは間違いないでしょう。

 

 

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 最後の切通をぬけるとあの橋が現れます。

 

 

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 やはり事前情報どおり、残念ながら桁もふくめて大部分が崩落してしまっていました。たしかに今の時代、中途半端に残っていると渡ろうとする人が現れて危険という判断はあるのでしょうが、やはり廃橋好きとしては残念です。

 

 

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 橋のたもとに設置された看板。何の変哲もないように思われますが・・・(クリックして拡大)

 

「泉市」とあることから泉市が仙台市泉区となった1988年以前確定 「宮城町」とあることから同じく1987年以前確定 十里平に「文」(学校)の表記があることから、大倉小学校十里平分校が廃止された1976年以前がほぼ確定、 ということで40年以上ここにあり続けている看板ということになりますね。おそらく橋がまだ現役で山の入り口として機能していた頃、注意喚起の意味で設置されたのでしょう。(右上の設定期間は律義に定期的に書き換えられていると思われる)

 

 

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 山側には大規模な石垣の遺構が見られます。

 

 

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 橋の近くに残る樹木の遺骸。触れると崩れてしまい、形を留めたまま少しずつ土に還ろうとしています。

 良い悪いという話ではなく、この遺構も同じような流れを辿っているところなのでしょう。

 

 

 

 

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